歴史の教科書では習ったけど初めて訪れた天下の名城跡(前編)
土日はウォーキングをサボりがちな上にご飯は沢山食べてしまうという肥満的怠惰な休日を送っているまろぱぱです。
ここのところどうも土日は歩数が少なめでそれでもまあ良いかってなっているのが体重的にダメなんだなと痛感はしています。
でも、なんだかロングウォーキングや山登りへ行くモチベーションが上がらず自宅で過ごす休日はダメ人間まっしぐらです。
そんなダメ人間な休日の私ですが、先週末の日曜日は少し頑張りました。
琵琶湖の道の駅湖北みずどりステーションにて車泊したところと断片的な写真まではご紹介しましたが、それ以降は写真の整理が追い付かず行き先も不明なまま放置しておりましたが、ようやく写真が整理できたので詳細レポ行ってみたいと思います。
写真が沢山なので複数回以上にわたってお届けしようと思いますので切りの悪いところで「つづく」となってもご容赦願います(^_^;)
2020年1月26日
道の駅で一宿の恩を返すべく朝食を買って食べたのち向かったのはこちら

だだっ広い広場に立派な石垣が並ぶ公園のような場所です。

ここは日本人なら誰もが一度は歴史の教科書や大河ドラマで見聞きしたことはあるであろうこちらです。

特別史跡安土城跡です。
そう、あの天下人目前まで行った愛知が誇る三英傑の一人である織田信長によって築城された当時最大にして最強の城と言われた安土城の跡地です。
ちなみに三英傑の残り二人は言わずもがなな、豊臣秀吉と徳川家康ですね。
愛知ではこの郷土出身の3人を誇らしげに三英傑って呼ぶんですね~
他県の人はそう呼ばなくても愛知では常識ですので覚えておきましょう。
当時日本で一番勢いのあった織田信長が築城した安土城とはどんなに立派だったのか興味はあり模型等も作ったことはありますが、今どんな状態なのかは全く知りませんでした。
それがこんなにしっかり残っているとは・・・
まず安土城は山城なのですが今もしっかり管理されていて入口出口があって入山料を取られます。

大人700円、小学生~高校生200円、未就学児以下無料です。
我が家でちょうど2000円也。
上りが長丁場になるので入口には無料の貸し杖があります。

奥さん、シオリ、ソースケは喜んで選んでましたが、途中で不要になって持たされるのを見こんで私はあえて持たず。
手に杖を持ちこんな階段を勢いよく上りだすシオリとソースケ

しかしあまりの暑さにすぐ休憩。

本当に今年は暖冬です。
しばらく上るといきなり戦国ビッグネームが飛び出します。

前田利家邸跡!?
更に三英傑の一人豊臣秀吉邸跡まで!

本人以外が建てた城で豊臣秀吉の名前が出てくるのが不思議な感じです。

かつてはこんなに立派な屋敷だったようです。

この少し上にあった摠見寺で鐘でも突いておきましょう。

振り返るとだいぶ上ってきた感がありますが・・・

石段はまだまだ続きます。

その石段にはところどころこんな標札が貼られています。


これらはかつて道の傍らに立っていてと思われるお地蔵様たち。
仏教に対して信仰心の薄かった織田信長はこれらのお地蔵様や石仏を単なる石材として集めさせ城の建材として使用したようです。
その極めつけはこちら

仏足石と言って仏教ではお釈迦様の足跡を表現したものとして古代インドでは仏像に先駆けて崇拝の対象とされていて、日本でも中世の数少ない遺物として大変貴重なものだそうです。
こちらも単なる建材として無造作に使われていたものを現代になって補修作業中に発見したのだそうですが、やっぱりこういうのを何の畏敬の念もなくぞんざいに扱ったその精神が天下統一を成し遂げられなかった原因の一つのような気がしますね。
人心を得ないやり方はやはり成功しない気がします。
そしてそんな石仏を眺めながらの急な上りは続きます。

ソースケも杖を手に頑張って登ります。

振り返るとだいぶ標高も上がって街や田んぼがだいぶ下に見えてくるようになってきました。

そしてその急登を終えると少しなだらかに

と思ったのもつかの間すぐにまた上り階段が延々と続きます。

ここで周囲に変化が現れます。
本丸に近づいたのか石垣が高く立派になっていきます。

更に階段を上り続け

なだらかな広いスペースが現れました。

ようやく天守閣に近づいたようですが、とっても長くなってしまったので後編に続く(笑)
特に見所もなく延々と上っている写真に終始してしまいましたが後編に乞うご期待(^^;)
・・・大して変わらないかも

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ここのところどうも土日は歩数が少なめでそれでもまあ良いかってなっているのが体重的にダメなんだなと痛感はしています。
でも、なんだかロングウォーキングや山登りへ行くモチベーションが上がらず自宅で過ごす休日はダメ人間まっしぐらです。
そんなダメ人間な休日の私ですが、先週末の日曜日は少し頑張りました。
琵琶湖の道の駅湖北みずどりステーションにて車泊したところと断片的な写真まではご紹介しましたが、それ以降は写真の整理が追い付かず行き先も不明なまま放置しておりましたが、ようやく写真が整理できたので詳細レポ行ってみたいと思います。
写真が沢山なので複数回以上にわたってお届けしようと思いますので切りの悪いところで「つづく」となってもご容赦願います(^_^;)
2020年1月26日
道の駅で一宿の恩を返すべく朝食を買って食べたのち向かったのはこちら
だだっ広い広場に立派な石垣が並ぶ公園のような場所です。
ここは日本人なら誰もが一度は歴史の教科書や大河ドラマで見聞きしたことはあるであろうこちらです。
特別史跡安土城跡です。
そう、あの天下人目前まで行った愛知が誇る三英傑の一人である織田信長によって築城された当時最大にして最強の城と言われた安土城の跡地です。
ちなみに三英傑の残り二人は言わずもがなな、豊臣秀吉と徳川家康ですね。
愛知ではこの郷土出身の3人を誇らしげに三英傑って呼ぶんですね~
他県の人はそう呼ばなくても愛知では常識ですので覚えておきましょう。
当時日本で一番勢いのあった織田信長が築城した安土城とはどんなに立派だったのか興味はあり模型等も作ったことはありますが、今どんな状態なのかは全く知りませんでした。
それがこんなにしっかり残っているとは・・・
まず安土城は山城なのですが今もしっかり管理されていて入口出口があって入山料を取られます。
大人700円、小学生~高校生200円、未就学児以下無料です。
我が家でちょうど2000円也。
上りが長丁場になるので入口には無料の貸し杖があります。
奥さん、シオリ、ソースケは喜んで選んでましたが、途中で不要になって持たされるのを見こんで私はあえて持たず。
手に杖を持ちこんな階段を勢いよく上りだすシオリとソースケ
しかしあまりの暑さにすぐ休憩。
本当に今年は暖冬です。
しばらく上るといきなり戦国ビッグネームが飛び出します。
前田利家邸跡!?
更に三英傑の一人豊臣秀吉邸跡まで!
本人以外が建てた城で豊臣秀吉の名前が出てくるのが不思議な感じです。
かつてはこんなに立派な屋敷だったようです。
この少し上にあった摠見寺で鐘でも突いておきましょう。
振り返るとだいぶ上ってきた感がありますが・・・
石段はまだまだ続きます。
その石段にはところどころこんな標札が貼られています。
これらはかつて道の傍らに立っていてと思われるお地蔵様たち。
仏教に対して信仰心の薄かった織田信長はこれらのお地蔵様や石仏を単なる石材として集めさせ城の建材として使用したようです。
その極めつけはこちら
仏足石と言って仏教ではお釈迦様の足跡を表現したものとして古代インドでは仏像に先駆けて崇拝の対象とされていて、日本でも中世の数少ない遺物として大変貴重なものだそうです。
こちらも単なる建材として無造作に使われていたものを現代になって補修作業中に発見したのだそうですが、やっぱりこういうのを何の畏敬の念もなくぞんざいに扱ったその精神が天下統一を成し遂げられなかった原因の一つのような気がしますね。
人心を得ないやり方はやはり成功しない気がします。
そしてそんな石仏を眺めながらの急な上りは続きます。
ソースケも杖を手に頑張って登ります。
振り返るとだいぶ標高も上がって街や田んぼがだいぶ下に見えてくるようになってきました。
そしてその急登を終えると少しなだらかに
と思ったのもつかの間すぐにまた上り階段が延々と続きます。
ここで周囲に変化が現れます。
本丸に近づいたのか石垣が高く立派になっていきます。
更に階段を上り続け
なだらかな広いスペースが現れました。
ようやく天守閣に近づいたようですが、とっても長くなってしまったので後編に続く(笑)
特に見所もなく延々と上っている写真に終始してしまいましたが後編に乞うご期待(^^;)
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